
180SXの話から、少し時間が進む。
180SXを手放した後、結婚した。
子どもが生まれた。
そして車に求めるものが変わった。
車は「自分のため」から「家族のため」へ
妻も運転する。
子どもを乗せる。
荷物を積む。
家族で出かける。
そうなれば、昔のように自分だけの好みで車を選ぶことは難しい。
キューブとワゴンRの2台持ち。
その後、C25セレナとモコ。
さらにC25セレナとルークス。
そしてC26セレナへ。
車歴だけを並べると、ずいぶん普通のファミリーカー遍歴に見える。
実際、その通りだった。
でも、その車たちには、それぞれ役割があった。
C25セレナ、約13年
C25セレナには、長男から次男へと続く少年野球の時期を含めて、およそ13年間乗った。
13年。
改めて考えると、本当に長い。
子どもを乗せる。
野球道具を積む。
練習や試合へ向かう。
そして、また家へ帰る。
セレナは、自分が走りたい場所へ行くための車ではなかった。
子どもたちを、それぞれの場所へ運ぶための車だった。
それで良かった。
その時の自分には、それが必要だった。
C26セレナ、そして現在
次男が小学校を終える頃、C25からC26へ。
C26セレナとルークス。その後、ルークスも買い替えた。
C26との付き合いも、もう6年ほどになる。
そして昨年、次男の高校野球が終わった。
長かった送迎も終わった。
大量の野球道具を積むこともなくなった。
セレナが担ってきた大きな役目も、少しずつ終わっていく。
C25が約13年、C26が約6年。
合わせて約19年。
振り返れば、180SXを手放してからの時間のほとんどを、家族を乗せて走ってきたことになる。
もう一度、自分のために走る
180SXの頃は、自分のために道路を走った。
セレナの頃は、家族のために道路を走った。
どちらも、自分の人生の中では大切な「走る時間」だった。
だから、
「19年間、走りから離れていた」
という表現は、少し違うのかもしれない。
19年間、家族を乗せて走っていた。
そして今、少しずつ自分の時間が戻ってきた。
55歳。
この先、何年自由に車を運転できるかは分からない。
だからこそ、もう一度走ってみたいと思う。
180SXの頃のように、ただ走ることを楽しむ。
でも、今度は少し違う。
昔は写真を一枚も残さなかった。
今度は、走った時間を残していく。
道路の先にある景色。
エンジンの音。
風の音。
その日の光。
そして、そのとき感じたこと。
ここから、また始める
若い頃のような無茶はしない。
速さを競うつもりもない。
誰かに認めてもらう必要もない。
ただ、自分が走りたいと思った道を走る。
そして、その時間を残す。
180SXから始まった「走る時間」。
家族を乗せて走った19年間。
そして、これからの時間。
その続きを記録する場所として、Ride Horizonを始める。
今度は、写真も残そうと思う。
映像も残す。
音も残す。
そして何より、
走った時間そのものを残していきたい。
それが、55歳になった今の自分が、もう一度「走る」理由なのだと思う。
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